50年手付かずの空き家から、 ゆったりとした “結城時間” が感じられる場所へ。『御料理屋 kokyu.』
「結城の街でやりたい」から生まれた、とある空き家との出会い
『この店には、僕の純粋な「やりたい」という気持ちが一杯に詰まってるんです。僕の故郷だ、というのもあって。思い入れにあふれた街と店なんですよね』
2013年の春、自身の生まれの地・茨城県結城市にオープンした『御料理屋 kokyu.』の店主、北條恭司さんが語ってくれました。なんでもこちらのお店は、彼が小学生だった頃の通学路にあったという建物を利活用したものだといいます。
北條 恭司(ほうじょう きょうじ)さん
地元・結城市で店を開きたいという思いから、東京、熊本、栃木・日光などで料理の基礎を学んできた。2013年に3月に『kokyu.』をオープンし、結城市を盛り上げるメンバーとして一翼を担っている。
『ボロボロの家だなぁ、というのが第一印象でした(笑)。草が生い茂っていて、いかにも「空き家」といった外観で。聞くところによると、僕の兄が小学生の頃からここには誰も住んでいなかったみたいです。50年ぐらい前になるのかな』
『もともと僕は、料理人を目指して10年ほど修行に出ていたんです。東京、熊本、栃木・日光などなど。さまざまなお店で料理の勉強をして、ゆくゆくは地元の結城にお店を出したいと考えていて。今でこそこうしてお店をオープンできたものの、修行が終わってこの街に戻り物件を探している時なんか、本当に大変でしたね。何せ、今のように「情報サイト」のようなものがなかったもんだから』
『自分の足で物件を探すしか、方法がなくて。最終的にはこの “元ボロボロの屋敷” に決まったのですが、それも奇跡のようなものでした。「ここにしよう!」と決めたところで、そもそも家主の方がわからないんです。どうしようかなぁ……と困っていたところ、まさかまさか、この建物の家主が僕の親戚と友達だったんですよ。「彼が手がけてくれるのなら、貸しましょう」と言ってもらえて。びっくりでしたが、馴染みのある場所で店をやれることは嬉しかったですね』
「余白」をキーワードに、後付けで決まっていったコンセプトとお店のあり方
店内を通り流れてゆく、ゆるりとひそやかな空気。世の喧騒をすっかり忘れさせられるような、のんびりゆったりとした穏やかな情緒が漂います。
『空き家のオーナーさんが、酒蔵をやっていたようで。お店をオープンしようと建物内を片付けていたら、たくさんのお猪口や徳利などが出てきたんです。せっかくの素敵なお品物をすべて捨ててしまうのはちょっと悲しいなと思い、少しではありますが、名残として今の店にも置くことにしました』
そもそも、落ち着きや安らぎをふんわり生み出すような『kokyu.』のコンセプトは、どのように決まっていったのか。北條さんの口からは、ちょっと意外な言葉が飛び出しました。
『実は、この店を作っていく工程のなかで、「古民家」という場所とキーワードありきでコンセプトを決めていったんです。僕は以前、『菜音(ざいおん)』という栃木県・日光のお店で働いていました。奥さんも、日光にある『日光珈琲』というコーヒー屋さんで働いていて。その両方に共通するのが、どちらも「古民家を利活用して作られたお店」だったんですね。その頃の影響から、やはり古民家で料理屋をやりたいという気持ちは強かったんです』
『僕自身、コンセプトを前々から決め、それに沿って計画通りにやっていくというのはあまり向いていないような気がします。店名の『kokyu.』だって、ふとCDの背中に書かれている「kokyu-(呼吸))」というタイトルを見たのがきっかけで決めたんです。本当にそれだけ。言葉の響きが気持ち良くて。この店の近くに大きな木が立っているんですが、それを指して「木丘(こきゅう)」という意味合いもあって。いわば “後付け” ですね』
北條さんがおっしゃる “後付け” という言葉に思いを巡らせていると、きっとそこには「余白」があるのではないだろうか、と思えてきます。真っ白なキャンバスを目の前に、様々な “妄想” や “想像” を繰り広げていくような。それは時に「心の余裕」であったり、「どんと構える豊かさ」、「懐の広さ」とも言い換えられるのかもしれません。
『大きな東照宮がある訳でもないし、目立った観光スポットがあるわけでもない。正直、結城の街には “見どころ” と呼べる場所はあまり無いと思っています。でも、ただ「何もない」ということではもちろんなくて。のんびりとした街の空気と、その中に散りばめられた “小さな魅力” が素敵な場所です。贅沢に丸一日かけて街をのんびり歩きつつ、いわば “余白” を楽しむような方々がうちの店を選んでくださることは、すごく嬉しいですね。そんな方々が「kokyu.に来てよかった……」と、じんわり思ってくださっているような様子が見られた際には、とても大きなやりがいを感じます』
あせらず、淡々と、結城の街で夢を叶えていく
取材の最後に、「結城の街で新たにお店を持ちたい、移住してみたいと思う方々へのメッセージ」を伺いました。
『新しい方には、ぜひ結城の街に来てほしいなと感じますね。若い方々にも頑張ってもらいたい。都会に比べて家賃も安いですし、「やりたいこと」を実現するためのハードルが低いと思っていて。それに、結城の街には協力してくれる人がたくさんいるから。この店をオープンするときにだって、身の回りの方々がみんな手伝ってくれたんです。みなさんのおかげですよ』
『やりたいことを詰め込んで、こだわりを突き詰めて、自分の “やりたい” を真っ直ぐに表現できる。それは、費用面の「安さ」ももちろんありますが、きっと力を貸してくれる人がいるからです。この写真は、この店の改修を手伝ってくれた「結いプロジェクト」のみなさんと一緒にバーベキューをしたときのもの。和やかな雰囲気の中でも、いざ!という時にはみんなで肩を組み協力しながらやっていける場所だと思いますね』
北條さんのスローな語り口からは、結城の街に漂う “贅沢な余白感” がふんわりと感じられるようでした。『みなさんのおかげですよ』という言葉から見えた、この街や人のあたたかく歓迎的で協力的なムード。そんななかで、あせらず、常に自分が追い求める理想を淡々と叶えていく姿勢。自らの信じるものを、ひとつひとつ、呼吸を整えつつゆっくりと追求していく信念。結城の街で夢を叶えた彼の姿には、穏やかながらも静かに燃えるものを見たような気がします。
時のながれやご自身の想いの移り変わりに呼応するように、じんわりゆったりと変化していく『kokyu.』のあり方。「古民家」が持つ歴史や時代性に敬意の心を持ちながら、良い部分を活かしながら手をくわえていくことの面白さを、あらためて感じることができました。
「古民家再生」ではなく、「古民家 “利活用”」。あくまで “活かす” という姿勢が体現されている、結城ならではの文化が見て取れました。それは、古き良きものを真摯な気持ちで受け止め、共に生きていくということ。こんな形こそが、結城らしい「古民家利活用」のあるべき姿なのかもしれません。
<取材ご協力先>
『御料理屋kokyu.』
〒307-0001茨城県結城市大字結城1085 / 0296-48-8388
http://kokyu.in/
Edited by 三浦 希
Photo by 塚本 直純