変わらず、続ける。みんなのための「ふつうのおいしい」を目指して 『ぱんや ムムス』
結城の街に吹く穏やかな小麦の香りは、きっと、このお店から流れてくるのでした。
結城駅から歩くこと、20分。いくつものお店が集まる駅前とは少し雰囲気の違った、のどかな自然あふれる場所に、そのお店があります。名前は『ぱんや ムムス』。
“穀物、水、たまごや乳製品
自然からの頂きものを
ここに来てくれたことを
ありがとうと、パンを焼く。
みなさまの毎日のすみっこに
寄り添えることのできる、
そんなパンになりますように”
そんな願いを、ひとつひとつのパンにこめて。今回は、店主の北村史絵さんに、お店としてのこだわりや、その在り方について伺いました。これまでのことを涙ながらに語ってくれた彼女の想いを、ぜひとも噛みしめてみてください。
等身大に、「ふつうのおいしい」を叶えていくこと
なんともおだやかで、ほっこりとした小麦の香りが鼻を抜けていきます。店内を見渡すと目に映るのは、丸テーブルの茶色。ふすまの茶色。それらはまるで、並ぶパンたちと同じ表情をしているようで。まあるいパンも、四角のパンも、なんだかどこか嬉しそうに寄り添い並んでいるかのような。
『本当にかわいいですよね〜』と、のんびりした口調で話しかけてくれたのは、店主の北村さん。2017年7月より、このお店を粛々と続けているのだといいます。
北村さん:『ムムス』は、ついこの間、2021年7月に4周年を迎えました。でも、別にこれといって特別なイベントはしていなくて。5年とか、10年とか、キリの良いタイミングでやればいいかな、って。ただ、これは言い訳。実は1周年のときも何もしていないんです(笑)。
北村さん:お客さんたちの日常に寄り添う場所であったらいいなぁと思っていて。近所の方々が日常的に使ってくれるような、値段設定や味を心がけています。なるべく値段を抑えて、なるべく安心して食べられるものを。正直、お店としてのこだわりって、それぐらいしかないんですよね。天然の食材を使うことももちろんありますが、そこに対してストイックではないんです。
「こうした方がおいしいよなぁ」と思うところは、一生懸命頑張れる。でも、ものすごくストイックにやって「おいしいです!でも、値段も高いです!!」といった感じではやっていきたくないなぁ、って。近所の人が楽しく使ってくれれば、それが一番良いなぁと思っています。
北村さん:だって、疲れちゃうんです。躍起になって頑張りすぎると、まず自分が苦しくなってしまうんですよね。それではいけないと思う。マニアックな人だけが利用してくれればいい、とは思っていないですし、ね。
おじいちゃんおばあちゃんも、子供も大人も、みんなが使ってくれるような「わかりやすさ」が良いのかな、と思っています。だからこそ、みんなにとってわかりやすい「おいしい」を追求したい。おじいちゃんが散歩の途中で寄ってくれるとか、ちっちゃい子がお小遣いを握って遊びにきてくれるとか。日常に寄り添う「おいしい」を提供していきたいなぁと考えています。豪勢でなくとも、厳かでなくとも。ふつうがいい。「ふつうのおいしい」がいいな、って。
“日々の積み重ねを大切にする仕事だから”
まっすぐな想いで、みんなのための「ふつうのおいしい」を形にしている北村さん。そんな彼女に、そもそもパン屋さんとして働くようになったきっかけを聞いてみました。
北村さん:パン屋として働き始めたのは、25歳ぐらいですかね。栄養について学ぶための大学に行って、アルバイトとして「食」に関わる仕事をちょこちょこやりながら。フードコーディネーターに憧れた時期もあったのですが、ああいった華やかな仕事は私の場所じゃないな、と思って。レストランで働いたときにも、みんながバタバタしながら忙しなく働いていたり、咄嗟の判断をしなくてはならない機会が多かったり、正直私にはあんまり向いていなかったなぁと思います。
北村さん:割と消去法だったんです。アルバイトとしてパン屋さんで働いていたころ、これだったらできるかなって。その時々に判断を迫られる仕事は向いていなかったけれど、パン作りには向いていると思った。パンづくりは、積み重ねることが大切な仕事なんです。前々日から二日後のことを準備していくのが、パン屋さんの仕事。
私、雑だったんですよ。全体的にラフだったんです。パンって、全部が全部同じにしなくてもいいんですよね。バラバラではいけないと思うけど、きっとおおらかだと思う。緻密に同じ形を求めていくことはなくて。実際に仕事としてやってみたら、自分の体質に合ってるなぁと感じられたんです。
北村さん:正直、大変なこともたくさんありますけどね。いつも大変(笑)。体力仕事ですから、パン屋は。世間的にはかわいいイメージを持たれがちだけど、実際はそんなことないんです。ただ、つらいことは多いけれど、やっぱり「楽しいなぁ」と思うからこそ続けられるんでしょうね。本当に楽しいですもん。パンづくりって。
“結城の街と人が、私を育ててくれたんだと思う”
25歳の頃からパン屋としての仕事に携わるようになった、北村さん。最後に、結城の街について、これからのお店について伺いました。
北村さん:私は大学進学のタイミングで、育った街である結城を離れて東京へ行ったんです。「この街はなんでこんなにもずっと変わらないんだろう……」と、故郷に若干の疑問を抱きながら。育ててくれた街なのに、ひどいもんですよね。「私は一人で生きてるんだから! 地元なんか知らない!」と、華やかな街としての東京への憧れからか、地元である結城の街を見下してしまうような心も正直あって。
でも、今やそんなネガティブな気持ちは、まったく的外れだったようにも感じられるんです。変わらないことって、実はすごいことだったんだなぁと思う。こっちに帰ってきて仕事をしていると、私がこうしてやってるからという理由で足を運んでくださるんですよ。お店から一番近いところにある学校は、私が通っていたところなのですが、そこで担任をしてくれた先生なんかは今でも帰り道、お店に寄ってパンを買ってくれたりしていて。
北村さん:このお店の建物自体には、正直思い入れもほとんどないんです。親の持ち家であった、というぐらい。「家賃がかからなくていいな〜」とか、「初期費用がかからなくていいな〜」とか、そういった理由でここに決めました(笑)。デザイナーさんにお仕事をお願いすることもなく、建築業に携わっている従兄弟にデザインをお願いしたり。安く始められたんです。
北村さん:でも、学校の先生だったり、従兄弟だったり、みんなに支えられているからこそお店ができるんだなぁと思います。涙が出ちゃいますね。ちっちゃい子が何人か自転車で来て、六十円のパンを買ってくれたり。小銭を数えながら『あー、ラスクだったら買えそう……』なんて言ってるんです。正直もう、負けてあげたいんですよ。でも、全員にはそれはできないな、とも思うし。なんだか、そういうシーンに触れると、涙が出るほどうれしいんです。やっと地域に根ざしたんだな、って。結城の街で良かったな、って。結城の街ってそういう場所だったよな、って。
北村さん:パンを焼きながら、「あの人に食べてもらいたいな」とか「あの人はきっとこれ好きだろうな〜」と、みんなが頭に浮かんでくるんですよね。だからこそ、このお店を、このままずっと続けていきたいです。良い意味で変わらないまま。もちろんより良くはなりたいと思ってるし、目新しいものも紹介できたらいいなぁと思うけれど、ベースとしては「変わらず続ける」を大切にしていきたい。私を育ててくれた結城の街で、等身大な恩返しを続けていけたらいいなぁと思います。
【ムムス インフォメーション】
〒307-0001 茨城県結城市結城131
営業時間:11:00-18:00
定休日:日・月・木
http://panya-mums.com/