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わかりやすくは、なくったって。陶芸家・安井ちさとさんが想う、結城の魅力とは

「間(あわい)」という言葉をご存知でしょうか。それは「あいだ」とも読める日本語。隙間、絶え間、ものとものとを隔てる空間などを意味する言葉です。

今回取材させていただいた陶芸家・安井ちさとさんは、きっと、“間(あわい)” を愛する人なのだと思います。大学生の頃から陶芸を学び、2015年にはご自身初となる個展「カワヲ辿る」を開き、陶芸家としてデビュー。2018年にご家族とともに結城市へ移住してきたのだそう。

『わかりやすい言葉にはできないけれど、なんか好きなんです。結城の街って。“なんか好き” って、すごく強い感情だと思うんですよね』と話す彼女の、淡くも確かな想いに触れてみましょう。きっと、結城の街の魅力がおぼろげながらも伝わってくるはずです。

“結城とは、縁があったわけじゃない。ある種の「出会い」だった”

広々としたお庭に、有機的な曲線が印象的な陶芸作品たちが転々と。ふんわりとした陽光を浴びて、どこかうれしそうな表情にも見えます。こちらは、もともとお医者さんのおうちだった建物を利活用したという、陶芸家・安井ちさとさんのご自宅。中へお邪魔してみましょう。

お庭同様に広々と、畳の間が広がっています。その中には、数々の陶芸作品たちが並んでいて。畳とコンクリートのコントラストは、まるで僕らが暮らす社会における「自然」と「人工物」を対比しているかのような、そんな趣を感じさせるムード。

安井さん:つくば市が主催したプロジェクト『つくばアートサイクルプロジェクト』の一環で、わたしの作品を展示したんです。「桜民家園」という場所があって、そこに置きたいと思って作ったものですね。そこでは砂利の上に置いていたのですが、ここでは畳の上に。それも面白いな、って。そもそも、この空間自体について言えば、これだけの広さで全部畳って、あまり他にないと思ったんですよ。正直、半分を全部フローリングにしてしまうか迷ったのですが、わたしの作品は海外を意識しているから、それらを置くには、和のムードの空間の方が喜んでくれるんですよね。だから、日本的な風土を残したいなぁと思ってこうしたんです。プレゼンテーションとしての畳、というか。

安井さん:もともと、ここはお医者さんのおうちだったみたいです。平家で、二階のない作りなのですが、天井も高くて開放的なんですよね。立派な作りなのもあって、内装の部分はほとんど変えていないんです。畳を全部取り替えて、縁側の部分をフローリングに変えたり、カーテンを付けたりしたぐらい。ここに来てくれるお客さんは、Instagramを見て興味を持った上で来てくれる方がほとんどなのですが、外から見た雰囲気と入ってきてからの雰囲気がまるで違うためか、「思ってたより広いね」などと言ってくれることが多いですね。

安井さん:わたしが結城に来たのは、2018年。陶芸作家として自分の窯を持ったのは2010年ぐらいだったのですが、主人の実家が茨城県結城市の方で、窯はそっちに置いておいたんです。窯を買ってからは各地を転々としていました。人の窯をお借りして作品を仕上げたりもしていましたね。

そんなある日、作品づくりのために窯を炊く機会が週に5回ぐらいになったことがあったんです。つくば市に住んでいた頃ですね。徹夜で窯を炊いて、朝の5時ぐらいに小学校2,3年生の長女をこっちに車で送る、みたいなハードすぎる生活でした(笑)。それがきっかけで家族がみんなボロボロになってしまって。「窯と一緒に生活するためにはどうしたらいいか」を考えた時に、主人の両親が住んでいる結城がちょうど良いな、と思って。主人のお父さんの友人がお向かいに住んでいるんですが、その方がこの家を教えてくれました。この家自体は、わたし自身の縁が直接あったわけじゃないんです。出会い、ですね。

気に入った理由も、正直特にはなくって。選択肢としてここぐらいしかなかった、と言った方が正しいかもしれません。自分たちが探していたのは、アパートだったんです。考えていたのは「窯さえ近くに置けたらいいかな」ぐらいでした。このおうちは二棟あって、裏にはガレージがあって。釜を置きやすそうだったり、広さが良かったり。なんとなくですが、面白く使えるかもね、と思ったのがきっかけで、ここを選びました。

なんとなく、なんとなく。それでも確かに、魅力がある街としての結城

安井さん:この家に移り住んだあとに、「ここ面白いな!」と発見する部分が多かったんですよ。住み始めてから魅力に気がついた、というか。わたし自身、性格がそうなんですよね。制作スタイルも、そうなんです。すべてを決め切ってから始めるのではなくて、わからない部分が8,9割であっても「なんとなくピンときたからやってみよう」と思うことがほとんど。この家も、きっと、「なんとなくピンときたから」くらいで選んだんだろうなぁと思いますよ。

安井さん:自身のキャリアについて考えれば、今年38歳になるので、作品づくりを行ってきた期間としては19年ほどですね。独立したことを「作家になった」と考えると、2015年に初めての個展を開いているので、そこからだと7年ほどになります。意識的に「作家活動をしよう!」と決めてから、7年が経ちました。「作れればいいや」とだけ思っていたのが、それまでで。それからは、一人の「作家」としてギャラリーで展示をもっとやっていこうと思ったし、クリアに「自分はアーティストだ」と思い始めました。

安井さん:こと制作に関して言えば、よくみんなから聞かれるんです。『何を考えながら作ってるの?』って。作品ごとのテーマはあるけれど、何かを考えているかと言われれば、無いような。日常からじわっと続いてるような感じなんですよね。

制作自体も日常の一環ではあるんだけれど、ちょっとこう、ズレていくんです。「今日のご飯は何にしようかなぁ」というのがだんだん薄れていって、ズレていって、目の前の土に集中していくような感じ。時には「次の展示をどうしようか」と考えてることもあるし。

でも、結局「何も考えない」に帰着するんです。頭ではなく、手が考えているというか。頭で何かを思ったり考えたりというよりも、手がひたすらに “より良い答え” を見つけようと動いているのを、私がひたすら眺めているような状態、とも言えそうです。手と頭の、“間(あわい)” にわたしがいる。ハッキリとした形では頭に浮かんでいないし、わからないからこそ、できることなんだと思うんですよ。

安井さん:それは、結城の街にも同じことを感じているんです。もちろん好きな場所はあります。パン屋さんの『ムムス』も好きだし、『富士峰菓子舗』のあんこも大好き。何が良いって、「人」が大好きなんですけどね。健田須賀神社や諏訪神社の長い長い道を歩くのもすごく好き。稲刈り後の田んぼに等間隔で並べられる、“傘” のような形のものを見るのもすごくすごく好きです。美しくて。

でも、結城の街について特に「ここが大好き!」と言える部分って、わたしには無いんです。まだまだわからないことがたくさんある街だなぁ、って。未知数なんですよね。だからこそ、知りたいと思うのかも。

安井さん:わかりやすい説明がくっつけられているのよりも、ずっと良いと思うんです。「なんかわかんないけど、良い」って。今はそれがいいな、って思う。芸術作品だってそうですよ。わかんないけど良いって、すごく強い感情ですからね。あやふやで、ぼんやりしているけれど、確かに存在しているような。

結城に、いろんな人を呼んでみているんです、わたし。デザイナーやサウンドクリエイターのような友人を呼んで、うちに来てもらって。きっと、アウトプットの手段が違えば、面白いものがたくさん生まれてくるだろうから。とにかく「結城の街を歩いてみよう」とか言って。いろんな人に来てもらって、彼や彼女が結城の街をどう面白がってくれるか、目的でない形で聞いてみたいなぁと思っていて。

結果、みんな面白がってくれるんですよ。『落ち着くね』とか『なんかわかんないけどいいね』とか言ってくれて。説明できない「良さ」が、確かにあるんですよね。結城には。手放しに「好き!」とは少し恐れ多くて言えないけれど、すごく魅力的な場所だと感じています。

※取材先情報は一般宅のため割愛いたします。